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 神社ブログ

皆様、新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

三が日は新年にふさわしい素晴らしい天気で、多くの方にご参拝頂きました。今年は曜日の関係で長めのお休みがとれたからか、都市部から帰省された方も多かったようにお見受けしました。厄除け祈願の住所が例年になくバラエティに富んでおりました(^^)。

また、想定以上のご参拝をいただいたため、一部の授与品が早い段階で無くなってしまうなど、ご迷惑をお掛けしました。来年はしっかり揃えるようにいたしますm(__)m

本年が皆様方にとって素晴らしい年になりますようご祈念申し上げます。

浦安の舞の奉納も行われた

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正月大絵馬奉納

昨日は、大洲高等学校美術部の生徒さんたちが、恒例の大絵馬を奉納してくださいました。今年で14年目でしょうか。早いものです。毎年楽しみにされている地域の方も多く、この大絵馬は当社に“なくてはならない風景”になりました。

顧問の先生によると、毎年1年生が担当するのが伝統になっており、皆楽しみにしているとのこと。嬉しいですね。

今年の絵馬は、なんと“立体型”。立体にすると力強さがよく出ていますね。どんどん進化していくなぁ。参拝にこられた皆さんがどんな反応をするか楽しみです。

大洲高等学校美術部の皆さん、写真部の皆さん、お疲れ様でした。

 


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参拝啓発ポスター街を行く

県内の若手神職の会である「愛媛県神道青年会」では、毎年参拝啓発ポスターを製作しています。年末近くになると神社に貼られているのを目にされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今回は、これを街に広げようと思い立ち、勝手連的に市内のあちこちに貼らせていただけないかお願いしてまわりました。ありがたいことに、皆さん快諾していただくことができました。さすが我が故郷。大洲の人はあったかいなぁ(^^)v

最近、正月飾りを飾るお家も少なくなり、年の瀬も「何か寂しいなあ」と思いませんか? いつかこのポスターが大洲の街のいたるところに貼られるようになり、年末のお決まりの風景になれば良いなあと思っています。

ご協力いただいた皆様、ありがとうございました!


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御神輿、京都へ。

先日は、当社の御神輿(鳳輦)を修理に送り出しました。

当社の神輿は3基ありますが、長年による使用であちこちが傷み、修理が必要な状態でした。

今回、3基中1基をなんとか修理できることになり、総代さんたちにお手伝いいただいてトラックにと積み込みました。この後、京都で職人さんたちの手によって修理され、来年の秋に帰ってくる予定です。

この御神輿は、安永5年(1777)の奉納。約240年前という古いもの。その後、天保、大正と修理をされており、今回は実に95年ぶりの修理となります。

漆を塗り直し、メッキもやり直しますので、戻ってきたころにはピカピカになりますが、歴史を感じさせる経年美があっただけに少しばかり残念な気もします。ただ、これも次の100年、200年のため。そして何よりこの御神輿で領内をまわられる大神様にお喜びいたけるよう、しっかりした修理を施さねばなりません。残りの二基については、来年の秋祭り以降に広く寄付を募り、順次修理を行っていく予定でおります。

この年代の御神輿がいまだに現役で、しかも3基も御神幸で使われているのは珍しいとのこと。次世代に引き継ぐためにもしっかり修理したいと考えております。皆様にお力添えをいただければ幸いです。

お手伝いいただきました皆様、ありがとうございました!

 

 


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七五三

今日から3日間(15~17日)は、当社の七五三詣の日です。

それ以外の日もお受けしているのですが、通常は予約制。この3日間は予約なしでご祈祷をいたします。直前の天気予報は雨。寒さが予想されましたので、拝殿の周りに透明のシートを張って寒さ対策!ストーブに、ホットカーペットも完備でぽかぽか?です(^^)v

また、この3日間に七五三でご参拝いただいた方には、記念樹を差し上げています。ご神域で育った榊やモミジ、南天など、さまざまな木の苗木を用意しております。一番人気は南天かモミジでしょうか。南天は“難を転ずる”という縁起ものですし、モミジは定番ですよね。

皆さん楽しそうに選んでいただいて、嬉しい限りです。一生懸命育てた宮司も喜びます!今年は宮司の趣味で、「ピラカンサ」が初登場しましたが、今日のところは・・・お茶っぴきだったようです(笑)。

本日も笑顔の素晴らしいご家族が大勢ご参拝いただきました。お子様の健やかな成長をご祈念申し上げます。

明日・明後日も朝9時~17時の間受け付けております。

 

※了承を得た一部の方のみ掲載しています。


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いよいよ10月31日から始まる秋の例大祭が近づいてきました。

10月は兼務神社の秋祭りもあり、なかなかハードな月です。ちょっとは痩せるかな(笑)。

さて、11月2日のお成り(御神幸祭)では、2箇所のお旅所神事が執り行われます。そのうちの1箇所は、例年、大洲駅近くの総社大明神社様の境内をお借りして行っています。

かつては、肱川沿い(グランフジ近く)に御旅所があったのですが、昭和の中頃、その場所に土手が造られることになり、なくなってしまいました。御旅所をどうするか困っていたところ、総社大明神社の宮司様のご好意によりお借りすることができたのです。本当にありがたいことです。

また、このお旅所神事では、鳳輦(御神輿)にお遷りになった大神様たちにお供え物をするのですが、そこで供える魚は江戸の昔から「七色の魚」と決まっています。なぜ七色なのかは不明で、魚の種類が決まっているわけでもありません。とにかくそれぞれ色の異なる魚を七匹(×3)ということなのです。しかし、色の異なる魚を七匹集めるのは至難の業。なるべく色が異なる魚を魚屋さんに用意をしてもらっています。魚をお願いするのは三の丸枡形の木戸岡鮮魚店さん。当社とはもう100年以上のお付き合いになります。

 

お成りが続けていけるのもこうした各方面の方々のお力添えがあってのこと。感謝を忘れず、今年も準備に励みます。


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遷御の儀

遷御の儀を迎える豊受大神宮(外宮)

 

10月2日、伊勢の神宮の皇大神宮(内宮)において遷御の儀が無事執り行われました。
当社でも午後8時より遥拝式を執り行いました。
今日5日には、豊受大神宮(外宮)での遷御の儀が執り行われます。

式年遷宮は、20年に一度、社殿・御装束・ご神宝を新しくすることで、『大御神のより新しい御光をいただき、日本の国の「イノチ」を新鮮にして、日本全体が若返り、永遠の発展を祈る』(式年遷宮広報本部公式サイトより)ものです。1300年以上の昔から同じものを造り替え続けてきたことで、大御神様の御威光を若々しく保つとともに、祖先の信仰や伝統を本来の姿のまま保ち続けることができたのです。

人類は「変わる(≒発展)」ことを選択し続けてきました。日本もその例外ではありません。しかし、最も大切な部分では「変わらない」ことを選択し、それを大切に守り続けてきたことは本当に素晴らしいことですよね。

忘れられないのは、明治天皇のエピソードです。

日露戦争のさなかの明治37年、5年後に行われる第57回の式年遷宮に向けて国をあげての準備が進められていました。しかし、遷宮の御用材の確保が年々難しくなっていました。例えば、御正殿の御扉は檜の一枚板で作られていましたが、それには樹齢900年前後の大木が必要です。その他の御用材も大木の確保に苦労していました。そこで当時の内務大臣と宮内大臣が参内し、神宮の建築様式を、古来の堀立洋式から、土台に礎石を置いてコンクリートで固める近代工法への変更案を上奏しました。これであれば「建物は200年持ち、その間に檜が育って御用材確保が容易になる」というのがその理由でした。

しかし、明治天皇はこれをお許しにはなりませんでした。侍従に「これは大変な間違いである。神宮はわが国固有の建築である。これを見て建国の古いことを知り、祖先があのような質素な建物で立ち居されたこともわかる。建国の姿を継承すべし」とその大切さをお説きになられたそうです。

さらに、「御扉も1枚板である必要はない。継ぎ合わせて形を整えればよい。材も檜に限らず他の木でも差し支えない。そうすれば大材が不足することはない」と語られたそうです。祖先の建築様式を守るということは、表面的な部分ではなくその精神を守っていくことである、ということをお示しになられたわけです。

明治天皇陛下は次のような御製(ぎょせい)を残されています。

いにしへの姿のままにあらためぬ
神のやしろぞたふとかりける


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蛇の目の紋が取り持つ縁

本日は、岐阜県岐阜市の「黒野城と加藤貞泰公研究会」の皆様が来社されました。

黒野城といえば、初代大洲藩主の加藤貞泰公が若き日に城主を務められています。そういった御縁で大洲史談会と交流があり、今回大洲へのご訪問となったそうです。

当社ご参拝の後は、加藤文麗(泰都)筆の絵馬や加藤泰済公奉献の絵馬をご覧いただき、加藤家の祖神が祀られている三祖神社をご案内させていただきました。

時間も限られており、十分なご案内はできませんでしたが、この蛇の目の紋が取り持つ縁を大切にして参りたいと思います。

実は、私も史談会会員ではあるのですが、ずっと出席しておりません・・・。しっかり出席して勉強せねば^^;


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いよいよ秋。当社の例大祭が近づいてきました。神社にとって最も大切なお祭りである例祭は11月1日、御神幸祭は11月2日です。

11月2日の御神幸祭は、地元では「八幡宮のお成り」として親しまれています。御祭神にお遷りいただいた3基の鳳輦(神輿)が、時代衣装に身を包んだ約280名のお供とともに市内約12kmを巡幸します。

「お成り」がいつ始まったかははっきりしたことはわかってはいませんが、古文書によれば300年前にはすでに行われていたようです。寛保2年(1742)にはお成りで使用する神盾が作られ、宝歴五年(1755)に大洲藩主が武運長久を願って20竿を奉納したことが記されていることから、約260年前に現在の形に整備されたと思われます。

これらの神具は今もなお現役。衣装は多少変わっているものの、今年のお成りでも260年前と同じ行列を見ることができます。

神盾は今も現役

神盾の裏面には、寛保2年に大洲藩主によって奉納されたことが記されている

 

これまで、お成りの奉仕者は大洲市内の氏子地域の方が中心でしたが、今年のお成りでは、大洲市外からの奉仕者も募集いたします。

当時の神具を持って時代衣装に身を包み、大洲の町を練り歩いて見てはいかが?
詳しくは、新着情報ページをご覧ください。


棒火矢(ぼうびや)

当社の拝殿には、様々な絵馬が奉掲されていますが、その中の1つに、天明4年(1784)に奉掲された「棒火矢(ぼうびや)」の絵馬があります。

棒火矢とは、まさに読んで字のごとく、“燃える矢の付いた棒”です。写真を見るとまるでロケットのような形状をしているのがわかると思いますが、実際にロケット砲のように使用した武器でした。鉄砲型の筒に差し込み、火薬の力によって飛ばしたのだとか。焼夷弾のような用途だったようです。

奉納したのは大洲藩士で、「菅以心斎末琉」という大洲藩の砲術の流派だったようですが、棒火矢の絵馬は全国的にも珍しいのだとか。

これからも大切に保存してまいります。


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